、セイヌ河岸にいる洗濯女から、室内の飾りつけ、書物の印刷と種々の事が珍らしかった。
 学問の方面の事を書いて見ると、デビーの所へアンペアやクレメントが来て、クルトアの発見したXという新しい物[#「新しい物」に傍点]を示し、これを熱すると美しい菫《すみれ》色の蒸気が立ちのぼった。それからアンペアがこの見本をよこしたので、デビーはファラデーを相手に実験[#「実験」に傍点]をはじめた。この物が何であるかということをフランスの学者は秘密にしておったが、後には海の草から取る[#「海の草から取る」に傍点]という事だけ漏[#「漏」に傍点]らした。これはヨウ素なのだ。
 パリを立つ前に、ファラデーはナポレオンをちょっと見た。馬車に乗って、黄鼬《テン》の大きな長衣を着こみ、頭には天鵞絨《ビロード》の帽子を戴き、鳥の羽がさがりて顔もほとんど見えないばかりであった。この外にフンボルトにも逢い、またゲー・ルーサックが二百人の学生に講義をしてる所をも見た。

     一四 イタリア入り

 十二月二十九日にパリを立ち、郊外のフォンテン・ブローを過ぐる際、折りしも森林は一面に結晶した白い氷で被われて、非常な美観[#「美観」に傍点]を呈していた。リオン、モンペリエ、ニースを過ぎて、地中海の岸にヨウ素を探し[#「ヨウ素を探し」に傍点]、翌一八一四年の正月終りには、六千尺のコール・デ・タンデの山雪を越えて、イタリアに入った。チューリンにて謝肉祭に逢い、ゲノアにては電気魚[#「電気魚」に傍点]の実験をなし、これの起す電気にて水の分解されるや否やをしらべた。
 ゲノアから小舟にてレリシという所に渡ったが、危くも難破せんとした。それよりフローレンスに向った。フローレンスでは、アカデミア・デル・シメント(Academia del Cimento)に行って、図書館、庭園、博物館を見物した。ここにはガリレオの作った望遠鏡[#「望遠鏡」に傍点]があり、筒は紙と木とで、両端にレンズがはめてあるだけだが、ガリレオはこんな粗末な物で、木星の衛星を発見したのだ。またいろいろの磁石を集めたのがあったが、中には百五十斤の重さの天然磁石[#「天然磁石」に傍点]もあった。タスカニイの大公爵の所有にかかる大きな「焼きガラス[#「焼きガラス」に傍点]」も見た。つまり大きなレンズに外ならぬ。これにて太陽の光を集め、酸素でダイヤモンド
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