人なので、ファラデーはすっかり職人生活が嫌いになってしまった。「商売のような、利己的な、反道徳的の仕事はいやだ。科学のような、自由な、温厚な職務に就きたい」というておった。それでダンスに勧められて、自分の希望を書いた手紙を[#「手紙を」に傍点]デビーに送り、また自分の熱心な証明[#「熱心な証明」に傍点]として、デビーの講義の筆記も送った。しかし、この筆記は大切の物なれば、御覧済みの上は御返しを願いたいと書き添えてやった。この手紙も今に残っているそうであるが、公表されてはおらぬ。
デビーは返事をよこして、親切にもファラデーに面会してくれた。この会見は王立協会の講義室の隣りの準備室で行われた。その時デビーは「商売変えは見合わせたがよかろう。科学は、仕事がつらくて収入は少ないものだから」というた。この頃デビーは塩化窒素の研究中であったが、これは破裂し易い物で、その為め目に負傷をして※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]衝を起したことがある。自分で手紙が書けないので、ファラデーを書記に頼んだことがあるらしい。多分マスケリーの紹介であったろう。しかしこれは、ほんの数日であった。
その後しばらくして、ある夜ファラデーの家の前で馬車が止った。御使がデビーからの手紙[#「手紙」に傍点]を持って来たのである。ファラデーはもう衣を着かえて寝ようとしておったが、開いて見ると、翌朝面会したいというのであった。
早速翌くる朝|訪《たず》ねて行って面会すると、デビーは「まだ商売かえをするつもりか」と聞いて、それから「ペインという助手がやめて、その後任が欲しいのだが、なる気かどうか」という事であった。ファラデーは非常に喜び、二つ返事で承諾した[#「二つ返事で承諾した」に傍点]。
七 助手
それで、一八一三年三月一日より助手[#「助手」に傍点]になった。俸給は一週二十五シリング(十二円五十銭)で、なお協会内の一室[#「一室」に傍点]もあてがわれ、ここに泊ることとなった。
どういう仕事をするのかというと、王立協会の幹事との間に作成された覚書の今に残っているのによると、「講師や教授の講義する準備をしたり、講義の際の手伝いをしたり、器械の入用の節は、器械室なり実験室なりから、これを講堂に持ちはこび、用が済めば奇麗にして元の所に戻して置くこと。修理を要するような場合には、幹事に
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