場の面影をとどめた家造りがちらばっている。
 うねうねたる笹谷の街道である。村から遠ざかるとみんなはさわぎ出した。山男の井淵君大声で山節を唄った。あるいは、軟かいところで、山は高いし……ひとりとぼとぼ……と、かの感傷的な人間も声を張り上げている。
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行け行け男児
日本男児
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 校長先生が唄った。否唄ったというよりも大声で読んだのである。深い谷まで面白いと見えて、まねて歌を詠んでいる。
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峠、坂道七曲がり八折れ
下にホケキョの音がする
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 これは私がうたったもの。もう雨は落ちてこない。ただ頭の上を雲のみが足早に過ぎ去る。
 顧みすれば山形の盆地は青く晴れている。
「おい、この街道、今も人通りが多いかね」
「ああ、かなり通るよ。たまにはさ、妙齢の美人も通るということだ」
 こんな話に一同どっと笑う。頂上近くになれば霧が盛んに押し寄せて高山気分をおもわせる。
 午前六時十五分笹谷の絶頂に到着。寒し、羽陽の山河は霧にさえぎられて見えず。山男××くん、最後の望郷に愛しき妻子に幸あれかしと祈ったか祈らぬかは
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