んど臭い本なぞを読んでるが、どっちみちそんななァぼくよけ[#「ぼくよけ」に傍点]だろうと睨《にら》んでいたんでさァ。ところで、あんたがそういうひとであれば、これゃア、いよいよもってかたじけねえんです。その辺の|がらくた《クレアチュール》を引っ張って行くのとわけはちがうんだから、いっそ弾みがつきまさァ。……と、といったぐあいに、調子よくトントンと話が進んで、とうとう、さっき言ったような破目になってしまったんです」
 この小心な石亭先生が、どんなようすで盗っとと渡り合ったか、どんな経緯《いきさつ》で抜き差しならないことになったか、その辺のようすが眼に見えるようだ。思うに、石亭先生は、例の向う気から、大風呂敷をひろげた手前、否応なしに盗人の先陣をうけたまわることになってしまったのらしい。
 先生の訪問の目的はこうだった。
 今になって破約をしたら、どっちみち、只ですむわけはない。向うとしては、場所まで打ち明けてしまったのだから、わたしが変心したと知ったら、たぶん生かしてはおくまい。あの気狂いじみた、殺伐な男のことだから、その危険は充分にある。大人は豹変す、の筆法で、わたしは「本郷バー」へ帰ら
前へ 次へ
全31ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング