る。どうだ、はっきりしたところをぬかせ。わたしは、顔に、ちょっとこう凄味《すごみ》をつけましてねえ、ニヤッと笑ってみせたんです。だいぶむかしのことですが、高等学校で、シェークスピアの『アントニーとクレオパトラ』の英語劇を演《や》ったとき、わたしはクレオパトラを演じまして全校を悩殺したことがあるんだから、そういうほうには少々心得があるのです。……さて、そういう凄い顔をして、わたしがいったい何を言ったと思います。……それはモノによるねえ。洒落《しゃれ》や冗談で極東《エクストレーム・オリヤン》からはるばる流れて来たわけじゃないんだ。それを承知で持ちかけるんだろうな。……と言っておいて、ゾクッと慄《ふる》えあがりました。眼が眩《くら》んで、もう少しで酒呑台《コントアール》のほうへよろけて行くところでした。……いや、はや、実にどうも、慨歎《がいたん》に堪えんことです。するとゴイゴロフは、ひどく頼母《たのも》しそうな顔をして、おお、そうか。見そこなってすまなかったなァ。おまえさんがそんな|偉ら方《マジョール》とは知りませんでしたよ。……言葉つきまで急に丁寧になって、……もっともらしい顔をしてしちめ
前へ 次へ
全31ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング