諒解を得ることができまいと思いますが、かいつまんで申しますと、だいたい、こんな具合だったんです。……今日の昼、階下《した》の土壇《テラッス》で飯を食っていますと、ゴイゴロフという肺病やみの露西亜《ロシア》人が、わたしのそばへやって来て、オイ、二階の先生、景気はいいか、というから、いや、どうもこのごろはシケでとんと上ったりだ、と答えますと、ゴイゴロフは、そいつは気の毒だ。なア、禿頭、そういうことなら、ちょいとウマイ話があるから一口乗せてやろうか。とんでもなくウマイ話なんだぜ。そこで、わたしが、けっこうだねえ、といった。……はなはだ怪《け》しからんことですが、この辺のことは、ああいう社会では、いわば日常の挨拶のようなもので、こんなことをいちいち気にしていたんじゃ、ああいう区域《カルチェ》には一日だって住んでいられない、わたしにすれば、そういうつもりだった。ところが、ゴイゴロフのほうは、ひどく乗気になって、じつは、ちょっとした経緯《いきさつ》があって、おまえのようなもっともらしい顔をした禿茶瓶《はげちゃびん》の相棒《コバン》がひとり欲しかったんだ。おまえにその気があるんなら、いい割をくれてや
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