なりますからねえ。むこうの目的はそこなんだと思うんです」
「はっきりお断りになれなかったんですか」
先生は、悩ましそうな溜息《ためいき》をついて、
「それが、そう簡単にゆかぬわけがあるのです。……どうも、すこしばかりいい加減な相槌を打ちすぎたようです。……それに、それとなく、油を掛けたようなところもあったようで……」
「あなたともあろう方が、盗っとを煽《おだ》てるなどというのは、よくないですな」
「たしかに、感興にまかせて深入りしすぎたようです。しかし、これも、研究に対するわたしの素朴な精神昂揚《エフクタルザシォン》によることで、それについては、みずから少々慰める点もありますが、実際問題のほうは、二進も三進もゆかないところへきているんです」
「石亭先生、あなた、まさか、承諾したんじゃないでしょうね」
先生は、叱られた子供のように身体を縮めて、
「……じつは、……承諾したんです」
「これは、驚きました」
先生は、しょんぼりと顔を上げて、羊のような優しい眼でこちらを見上げながら、
「わたしとしては、どうにも、止むにやまれん次第だったんです。……この辺の機微は、くわしくお話しなければご
前へ
次へ
全31ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング