棒に尻を押されて、露台の窓から、不器用な恰好で這い込んでゆくようすときたら! 劇的《ドラマチック》とでも言いましょうか、それこそ、まさに天下の奇趣である。
先生の放心《うっかり》は夙《つと》に有名なもので、のみならず、たいへん不器用である。持って出た雨傘を持って帰ったことはなく、この年齢《とし》になって、じぶんで鶏卵《たまご》を割ることができない。それに、物臭《ものぐさ》で、不精で、愚図で、内気で、どういう方面から考えても、泥棒のお先棒などには、まずもっとも不適当な人格《キャラクテール》である。
「でも、あなたをお先棒に使ってみたってたいして役に立ちそうもないと思われますがねえ」
先生は、ムッとしたようすで、
「いや、そう馬鹿にしたもんではない。やらしたら、これで、案外、相当なところまでやってのけられると思うんだが、そういうことは、わたしの道徳的理想と少しばかり喰いちがうので、それで、やらないだけのことなんです。勘違いしないようにしてください」
「いったい、どんなことから、そんなに見込まれるようになったんです」
「わたしのような倫理学者を介添に連れて行くと、少しでも良心の負担が軽く
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