にしておく必要から、市内と接する旧堡壁の外に新しくつくった乞食村で、そこに、よなげ、地見《ぢみ》、椅子直し、襤褸《ぼろ》ッ買い、屑屋なんていうてあいが海鼠板《なまこいた》で囲った簡素高尚なバラックを建てて住んでいる。
 山川石亭先生は、一種熱烈な人格を持っていられるが、いかになんでもトタン囲いのバラックには住みかねたとみえ、乞食部落《ゾーン》と巴里市とのちょうど境目のところにある「本郷バー」という、見るもいぶせき一品料理屋《プラ・ド・ジュール》の二階に居をかまえた。
 つまり、先生は、乞食部落《ゾーン》を巴里市から区切る危《あやう》い一線の上に、どっちつかずのようすで暮していられるのであって、先生の尊厳は、際どいところであやうく食い止められているわけである。
 これについては先生には、ちゃんとした弁疏《エクスキュウズ》がある。いかに熱意を持っていても、市の鑑札がないとあそこに住まわしてくれんのでねえ、と言われる。いかに自由主義の仏蘭西《フランス》政府でも、日本の勅任官に乞食の鑑札をくれることはできまい、先生は、それを見越して、そういう詭弁《きべん》を用いられるのである。
 先生は、こう
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