へ渡って行く、その羽根に薔薇色の夕陽が当って、薄暗くなった空の中を、赤いハンカチでも飛んでるように見えるのです。……アンドリュウのお祭になると、村々が湧き立つような騒ぎになる。蜜餠《メウドウイチ》だの、罌粟餠《マアコニック》だの、油揚餠《パンプウシキ》だの、肥《ふと》った牝山羊の肉や、古い蜂蜜。……大きな樺の樹の下で、古いザパロージェ人の老人《としより》たちがパンドーラを弾きながら火酒《ウオトカ》を飲んでいる。その楽しそうなようすといったら!……たしかにそんな時代もあった。……夢ではない。たしかに、むかしあったことだ。……しかし……」
 と、いいかけて、急に夢から醒めたような顔つきになって、チラとこちらへ振返ると、軽い恥の色で、高い頬骨のうえをほんのり染めながら、
「……つまらないことを。……なんのつもりで、こんなことを喋舌《しゃべ》り出したのか。……今日は、すこし、どうかしている。私が、こんなふうに情緒的になると、その後、きまって熱を出すのです。さァ、ずいぶん喋舌くった。もう、このくらいにしておきましょう」
 と、いって、椅子の中に身体を起すと、上衣の衣嚢《ポーシュ》から古風な時計を
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