ことですか」
カラスキーの小さな烏眼《くろめ》の中で、瞬間、チラと焔のようなものが燃えた。
「あまり大きな声をしないでください。……政変《ポリーチカ》……この巴里に、まもなく、たいへんな政治的擾乱《ブールヴェルスマン・ポリチック》が起きるのです。……その結果、この地区《カルチェ》などは相当辛辣に検索されるにきまっていますから、先生のような方がこんなところでマゴマゴしていてはいけないのです。外国人《エトランジェ》が好んでこんなところに住んでいるなどというのは、その目的は何であれ、充分、疑惑の眼で眺められる余地があるのだから、先生の出ようによっては、ひどく困ったことにならないものでもありません。……ところで、先生の出ようってのは、それこそ、今ここで、充分察しられるのですからねえ。れいの鼻っ張りの強さで、だれかれかまわず喰ってかかられるにちがいないのです。刑事であろうと、巡査であろうと、まるっきり見境いがないんだから。……腹を立てれば、どんな出鱈目でも言うでしょうし……」
冗談どころではなかった。
この瘠せこけた、沈んだ顔色をした青年は、どういうゆえんによってか、石亭先生の馬鹿げた自尊
前へ
次へ
全31ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング