ら、藁だけ除けると後に小麦粉が残るのは当り前。小麦粉が出て来なかったら、それこそ不思議なくらいです。……ところが、先生は、そんなことはごぞんじない。これは世界的な大発明だというので大乗気になっているんです」
 先生は、そんなことは指の先ほども漏らさなかった。気がよくて、お喋舌《しゃべ》りで、ちょっと法螺も吹く石亭先生が、ピリッともそれに触れなかったというのは、それだけでも、先生が「藁麺麭《パン・ド・パイユ》」にどれほどの熱情を持っているか充分に察しられる。先生は発明が他に漏れるのを惧《おそ》れ、ムズムズする口の蓋をガッチリ閉めて、牡蠣《かき》のように頑固に押し黙っていられたのである。
 カラスキーは、依然たる沈鬱な口調で、
「この『洪牙利亜兵《ロングロア・ヴェール》』で、先生が、どんなことになりかかっているか、これでだいたいおわかりになったことでしょうが、その他に、まだいけないことがあるんです」
 さすがに、少々空恐ろしくなってきて、うろたえた声でたずねた。
「お次は、いったい、何です」
 カラスキーは顔を深くうつむけて、囁くような声でいった。
「ポリーチカ!」
「ポリーチカって、何の
前へ 次へ
全31ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング