を言ってみる。
「ええ、どうも、それがねえ、いっこう、とりとめがなくて」
 カラスキーは、肱をとって、ゆっくりと隅のほうへ連れて行き、そこの椅子に掛けさせると、隠したって何もかも先刻ご承知だという顔で、
「わかっています。相当念入りにやったつもりですから、おそらく、先生は慄え上っていられるでしょう。……わたくしはムッシュウ・ヤマカワが道徳社会学を専門にやっていられる篤実な学者《サヴァン》だということをよく知っているんです。……ところが、どういうものか、先生は、たいへんに悪党振られる。すっかり悪徒気取りで、去年の三月には、国立割引銀行《デスコント・ナショナル》の使童《グルウム》を襲って三千|法《フラン》ばかりせしめたの、体育場《イッポドローム》の出札嬢を威《おど》して有金残らず頂戴してきたことがあるのと途方もないことを言われるのですな。こいつを、見当ちがいな隠語《アルゴ》まじりかなんかでやるんですから、聞いていると、噴き出さずにはいられないんです。……こっちがいっこう相手にしないもんだから先生|焦気《やっき》となりましてね、これでもか、これでもかというふうに、一日ましに法螺《ほら》の桁が
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