、あなたは、どなたでしょう。どういうご用事ですか」
こちらは肺病やみの盗っとと掛合うつもりで来たのだったが、こんなふうに開き直られたのですっかり面喰ってしまった。へどもどしながら、山川石亭先生が急病で、不本意ながらあなたとのお約束を果すことができなくなったという意味のことをはなはだ曖昧に吐露した。
これを言い終った末、いったい、どんな波瀾が捲き起されるか。これこそは、相当、凄味《スリル》のある瞬間だった。
ところで、カラスキー氏は、大して驚いたようなようすもしない。それどころか、叙景的にいえば、雨雲の間からぼんやり秋の薄陽が洩《も》れて来るようなしんねりとした微笑が、色の褪めたような顔のうえに射しかけてきた。たしかにこれは意外だったので、いよいよもって度胆を抜かれた。
カラスキーは、そういう微妙な薄笑いをしながら、れいによって、非凡な四白眼でこちらの眼の中を覗き込みながら、
「すると、ムッシュウ・ヤマカワは、だいぶ恐慌していられるのでしょうね」
どうも、話がだいぶ喰い違ってきた。有体《ありてい》に白状すべきかどうか、さんざ迷ったすえ、とりあえず、こんな具合に当り触りのないこと
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