眺めた。
 それにしても、これがゴイゴロフなら、石亭先生の描写した人間とはだいぶ懸隔《へだたり》があるようだ。先生の言われたところでは、おい、禿頭、ちょいと甘い話があるからひと口のせてやろうか、といったような横着な口吻《こうふん》でものを言う男だったが、見るところ、このゴイゴロフは、一種の沈鬱的人物であって、どこを叩いても、そんな陽気な調子が出てきそうもない。のみならず、こういう区域《カルチェ》の人民とは思われないほどテニヲハがはっきりしていて、悪《わる》丁寧なほど慇懃懇切を極める。
 身装《みなり》も、それに準じて、スマートとはゆかないまでも、一応、さっぱりした見かけをしている。スフ入りはスフ入りだが、膝も丸くなっていないし、衣嚢《ポーシュ》もたるんでいない。なにか一期の晴着といった改まった感じで、その後このことを思い合して、この印象が決して間違いでなかったことを、むしろ薄気味悪くさえ思った。
 おそらく、ゴイゴロフに手を差しのべさせたまま、やや長い間、薄ぼんやりと相手の顔を眺めていたのに相違ない。ゴイゴロフは、もう一度、同じことを繰り返した。
「わたしはカラスキー・ゴイゴロフですが、あなたは、どなたでしょう。どういうご用事ですか」
 こちらは肺病やみの盗っとと掛合うつもりで来たのだったが、こんなふうに開き直られたのですっかり面喰ってしまった。へどもどしながら、山川石亭先生が急病で、不本意ながらあなたとのお約束を果すことができなくなったという意味のことをはなはだ曖昧に吐露した。
 これを言い終った末、いったい、どんな波瀾が捲き起されるか。これこそは、相当、凄味《スリル》のある瞬間だった。
 ところで、カラスキー氏は、大して驚いたようなようすもしない。それどころか、叙景的にいえば、雨雲の間からぼんやり秋の薄陽が洩《も》れて来るようなしんねりとした微笑が、色の褪めたような顔のうえに射しかけてきた。たしかにこれは意外だったので、いよいよもって度胆を抜かれた。
 カラスキーは、そういう微妙な薄笑いをしながら、れいによって、非凡な四白眼でこちらの眼の中を覗き込みながら、
「すると、ムッシュウ・ヤマカワは、だいぶ恐慌していられるのでしょうね」
 どうも、話がだいぶ喰い違ってきた。有体《ありてい》に白状すべきかどうか、さんざ迷ったすえ、とりあえず、こんな具合に当り触りのないこと
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