ちっともぞんじませんでしたわ、あたし」
それで、立上るかと思いのほか、ずれ落ちていた鼬鼠《エルミン》のケープを肩に纒いつけると、のびのびと脚を伸ばしながら、落着いた声で、
「あたくしも、そうなの。……あたしも、ひとりでいるほうが好きなの」
そして、また、海のほうへ向くと、それなり動かなくなってしまった。竜太郎は、腹が立ってきた。それで、また、ひと足進み寄ると、すこし厳しい声で、いった。
「明日からは、ご自由にお使いくださって差支えないのです。でも、今晩は……」
少女は、こちらに背中を向けたまま、
「今晩はいけなくて、どうして、明日になれば使ってよろしいの」
「明日、私はいなくなります」
「お発ちになりますの」
竜太郎は、低い声で、いう。
「明日、私は死ぬのです。ここの海で」
また沈黙がつづいて、それから少女がこういう。
「じぶんで死ぬのは、なかなか勇気がいりますわ。……あたくしも、それは知っています」
二
アンチーブの灯台の蒼白い光芒が、海の上を手さぐりはじめる。瞬間、突堤《ジュッテエ》の腹を白く浮きあげ、よろめくように水平線の向うへ這いずってゆく。
(うるさい
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