。……何を、どう知ってるというんだ。なんでも、いいから、早くどこかへ行ってしまえ)
 竜太郎は、不機嫌な声で、
「死ぬよりも、生きて行くほうが、もっと勇気の要る場合だってありそうですね」
「それも、ぞんじていますわ」
 聞きとりにくいような低い声でそう言うと、少女は、竜太郎のほうへ白い顔をふり向けた。頬のうえにまた、涙がすじをひいていた。
(勝手に泣いていろ)
 竜太郎は、大きな声を出したくなるのを我慢しながら、ゆっくりと煙草に火をつける。
 少女は、あわれにも見えるような、ともしい笑顔をつくって、
「あなた、悲しいことがおありなの」
 少女は、チラと眼をあげて、怒ったような顔で突っ立っている竜太郎のようすを見ると、ケープに顎を埋めて萎れかえってしまったが、ちょっとの間沈黙したのち、おずおずと、おなじことを問いかけた。
「悲しいことが、おありなの」
 竜太郎は、やり切れなくなって、軽く舌打ちした。
「たいへんに、ね」
「愛情のことで?」
 竜太郎は、すこし大きな声をだす。
「死ぬことにきめたから、それで、死のうと思うだけのことです。……それはそうと、あなたはずいぶん変った香水をつかって
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