いますね、お嬢さん」
(おやおや、おれは、いったい何を言い出す気なんだ)
 少女は、急に元気になって、得意らしくうなずいてから、
「そうお思いになって?」
「なんという名の香水ですか」
「名前なぞありませんのよ。あたくしだけが持っている香水なの」
(香水屋の娘なのか、こいつは)
 どんな素性の娘なのか、訊ねて見たくなった。
「お嬢さん、あなたのお名は、なんとおっしゃるの」
 少女は、かすかに眉のあたりを皺ませると、まるで聞えなかったように、海のほうへ向いてしまった。
「私はね、志村竜太郎というんです。……日本人。……あなたは? お嬢さん」
 こちらへ、白い頸を見せたまま、消え入るような声でこたえた。
「ただ、『女』……」
(なにを、くだらない)
 竜太郎は、かすかに軽蔑の調子を含めて、
「それだって、結構ですとも」
 少女は吸いとるような眼つきで竜太郎の眼を瞶めながら、
「あなた、さっき、そうおっしゃいましたね。……明日になったら……」
「死ぬ。……そう言いました」
「ほんとうに、お死にになるおつもり?……あたくしに、誓うことがお出来になって?」
「あなたに、それを誓うと、どうなるとい
前へ 次へ
全100ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング