1−26]たけた面ざしは描き得なかったであろう。地上のものではなく、まさに、天上界に属すべき美であった。
竜太郎は、ほのかな星の光の下で、このようなたぐいない美しい少女の顔を眺めながら、心の中で、呟いた。
(たしかに、今まで見たどの女性より美しい)
しかし、そのために格別心を乱されるようなことはなかったので、沈み切った声で、もう一度繰り返した。
「失礼ですが、お嬢さん、それは、私の椅子です」
ちょうど、そこに赤い葩《はなびら》がひとつ落ち散っているようにも見えるかたちのいい唇を、すこし開けて、竜太郎の顔をふり仰いだまま、返事もしなければ、まじろぎもしないのである。
竜太郎は、丁寧に、もう一度くりかえした。
「あなたは、私の席に坐っていらっしゃるんです、お嬢さん」
少女はようやく身動きした。夢のつづきをふり払おうとでもするように軽く頭をふると、
「なんとおっしゃいましたのですかしら」
その声の中には、この世で最も清純なもののひびきがあった。
「その椅子は、私がひとりでいるために、とってあるのだともうしあげているんです」
少女は、ゆっくりと顔をふせて、
「あら、そうでしたの。
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