。この長い間の狂熱、やるせない嗟嘆、感傷も、憧憬も身もほそる恋情も、何もかもひっくるめて、一瞬の後に、酬いられようとしている。
 じぶんの腕の包囲のなかにとり込めて、睦言し、涙を流し、愛撫し、幾度も誓ったあの夜の少女は、いま、じぶんと咫尺を隔てて坐っている。
 竜太郎は、恍惚たる情感に身も心も溺らせながら、また、ゆるゆると顔をあげてゆく。
 膝が見える。それから、白い、小さな手が見える。デコルテの胸に金剛石を鏤めた大星章が煌めいている。美の資源ともいうべき、楕円形のかたちのいい顎が、見える……「あの夜の少女」だった!
 心を吸いとるような、深い黒い瞳。……しずかに、涙あふらした、あの眼だった。早咲の真紅の薔薇が、そこに落ち散っているような、美しい唇。……それは、あの夜、いつまでも、かわらないと誓ってちょうだい、と叫んだ、あの唇だった。寛濶な新月の眉も、清純な頬の色も、何もかも、あの夜のままだった。
(ああ、とうとう……どんなに、逢いたかったか!)
 胸もとに激情がこみ上げてきて、あやうく、そう、叫び出すところだった。
 ところで、どうしたというのだろう。女王は、遠いところを眺めるような
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