氈のなかへ、一歩ずつ足がすいとられる。まるで、雲にでも乗ってるような心地だった。この燃えるような赤い通路の両側には、ここにも、政府の高官らしい人たちが威儀を正して整列していた。
 王座までの道のりは、長かった。行けども行けどもの感じだった。知らぬ野道で日が暮れかかったようなたった一人ぼっちになったような、何ともいえぬ頼りない気持だった。間もなく、じぶんの正眼で、あの夜の※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]たけた少女の顔を眺めることが出来るという思いだけが、竜太郎を元気づける。
 ようやく、王座の大理石の階の第一階が視野の中に入ってきた。つづいて第二階、……第三階。竜太郎は、そこで立ち停って、低く頭をさげ、それから、さらに、一歩前へ進む。
 竜太郎は、ゆるやかに、ゆるやかに、頭を上げる。長い裳裾の下から覗き出した金色の靴の爪先が見える。気が遠くなるような一瞬だった。
 竜太郎の胸は、大きく波打ち、心臓はいまにも肋骨の間から飛び出そうとでもするように、激しく躍り立つ。
(この一瞬のために!)
 この一瞬のために、このバルカンの国へ、はるばる巴里からやって来たのだった
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