、このマナイールでは、ヤロスラフ少年の他にはいない。そういえば、いかにもありそうなことだった。……しかし、いったい、何のために? この謎はどうしても解けなかった。
 謁見式の時間がきた。
 出御を知らせる、杖で床を打つ音が重々しく響きわたった。謁見者の群は、水でも引くように、等分に左右に別れて整列した。
 謁見式の大扉は、しずかに引き開けられた。燃えるような真紅の絨氈のはるか向う端に、天蓋をつけた王座も見え、そこには黒い差毛をした、白色の大マントをゆたかに羽織ったひとの姿が見えていた。
 竜太郎の胸の鼓動が、遽に劇しくなった。
 式部長官が、朗詠するような調子で、次ぎつぎに謁見者の名を読みあげる。
「ルドルノ・ロータル……。ミカエル・ストロエウィッチ……。イヴァン・ヴィニェット……。サア・ダグラス・バンドレー……」
 そして突然に、
「竜太郎《リュウタロ》・志村《シムーラ》……」と、呼んだ。
 前へ進むつもりなのが、どうしたはずみか、二三歩後によろけた。それから、改めてやり直した。
 竜太郎は、慇懃に頭を下げ、じぶんの靴の爪先を眺めながら、しずかに王座に向って歩きだした。
 毛の長い絨
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