テ》が溢れるばかりにうち群れていた。典雅な会話と、洗練された社交的な身振りが、花のように揺れていた。
 謁見室につづく、見上げるように大きな楡の扉の両脇に、白い長い鳥毛のついた、金色の兜をかぶった竜騎兵が、抜剣を捧げて直立していた。
 竜太郎は、何気なく、向って右側の竜騎兵の顔を見ると、思わず驚異の叫びを上げた。それは、いつかの日、写真の献辞を読んでくれたヤロスラフ少年だった!
 竜太郎は、われともなく、その方へ進んで行って、
「ヤロスラフ君」
 と、声をかけた。
 ヤロスラフ少年は、何事も聞かなかったように、空間の一点に視線をすえて、凝然と直立している。
 瞬きひとつしなかった。
 竜太郎は。じぶんのはしたなさが悔まれた。いかにも参ったような気持になって、もとの場所まですごすごと引き退った。
 一見、身すぼらしいほどのあの少年が、近衛の竜騎兵であったとは!……またしても、何か、得体の知れぬ不安が、ムラムラと湧き起るのをどうすることも出来なかった。突然、ある想いが頭にひらめいた。
(写真を盗んだのは、ヤロスラフ少年ではなかったろうか)
 じぶんが王女の写真を持っていることを知ってるのは
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