見を許されるなどと、ただの一度でも想像したことがあったろうか。
竜太郎は感動して昨夜はとうとうまんじりともすることも出来なかった。たとい、これで一期の別れになるにもせよ、あの心の優しい少女を荘重な玉座の上で再び見ることは、限りない嬉しさだった。
(どんなに、立派な様子をしていることだろう!)
何ともいえぬ親身な愛情が、心をうきうきさせ、どうしても寝つかせなかった。
自分の隣りに、端麗な面もちをした、年の若い式部官が一人乗っている。いままで、まるで作りつけの人形のように、身動きもせずに前のほうばかり眺めていたのが、車寄せへ自動車がとまると、突然、竜太郎の方へ上身をかたむけ、「女王殿下は、修道院へお入りになるご意志がおありなのです。……ご存じでしたか?」
と、早口に、囁くように言うと、それっきり、また以前のように、口を噤んでしまった。
金モールの制服を着た、帝政時代風《デレクトアール》の侍僕が立ち並んでいる長い廊下を、竜太郎は、式部官に導かれてしずかに歩いて行った。
眼もあやなゴブラン織の壁掛が掛け連ねられてある広い待合室には、燕尾服や、勲章や、文官服や、大礼服《ローブ・デコル
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