「同志《モン・ナミ》……あなたのお友達は、安全無事に王宮にいられます」
 竜太郎は、叩頭《こうとう》した。
「有難う……」
 老枢密顧問官の心尽しへではなく、何か、ある高いただ一人のものへの、心からの謝辞だった。
 両腕と両膝関節の負傷は、思ったほどひどいものではなかった。どちらにも骨折はなく、男たちに強打された時に脱臼しただけだった。ただ後頭部の裂傷だけは、相当ひどくて、手術後の化膿を気づかわれていたが、それも杞憂ですんだ。
 三月八日、エレアーナ女王の登極が公布され二日おいて、リストリア王国の女王としての、外国使節に対する最初の謁見式が行われることになった。竜太郎は、日本留学生の代表として謁見式に招待されることになった。竜太郎が欲したのではなく、老枢密顧問官の自発的厚意によるものだった。
 竜太郎の自動車は、車寄せの正面へすべり込んだ。
 竜太郎は予想だもしなかったこの境遇《シチュアション》を、じぶんで信じかねるような気持だった。
 戴冠式の馬車のそばで、舗石を血で染め、色紙の吹雪の中へあわれな骸を横たえるはずであったじぶんが、リストリアの王女に公式に招待されて、晴れがましく謁
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