てしまいました」
そう言って、おだやかな諦観の微笑を浮べながら、
「そして、これが、われわれの、哀れな姿です」
と呟いた。
竜太郎は、一語もさし挾まずに聞いていた。バルカンの国民的性格のなかに、どんな小さな事柄でも、陰謀と闘争のかたちで表現せずにいられない運命的なものがあることを、つくづくと感ぜずにはいられなかった。老人の、寛容な態度や率直な熱情にかかわらず、気質的な弱さには同情する気持になれなかった。
竜太郎が、たずねた。
「それで、エレアーナ王女殿下は?」
竜太郎には、もうその返事が、わかっていた。心の中には、もう、一種、自若としたものが出来ていた。
老人は、やるせないまでに衰えた声で、ひくくこたえた。
「おいたわしいことです」
長い沈黙が[#「沈黙が」は底本では「沈駄が」]、つづいた。
薄光りのする夜の海を眺めながら、ただひとり、わびしげに、涙で頬をぬらしていた少女の俤が竜太郎の心のうえにほのぼのと浮びあがってきた。
エレアーナ王女はあの時すでに、今日のこの悲劇的結末をはっきりと知っていたにちがいない。その遣る瀬ない涙の意味を、竜太郎は察しることが出来なかった。
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