また、寝台の側までもどって来た。夜卓の上に、写真はなかった。
(窓を閉めて寝たのだから、風で吹き飛ぶはずもないが……)
夜卓の下を覗いてみた。が、なかった。周章《あわて》て寝台の下を覗いたが、そこにも、なかった。竜太郎は、錯乱したように、膝で床の上を匍いまわった。化粧台の後、鞄の下、衣裳戸棚の抽斗……。服は全部鞄からひきずり出してふるってみた。最後に、浴室の中まで調べた。結局、どこにも見当らなかった。
竜太郎は、部屋の真中で棒立ちになった。昨夜たしかに枕もとにおいたものがないとすれば、盗まれたと思うよりほかはない。
どうしても、その真意が掴めなかった。
「いったい、これは、どういう意味なんだ」
旅行免状もある。文部次官への紹介状もある。やはり、夜卓の上に投げ出しておいた、かなり多額の磅《ポンド》紙幣と、巴里のナショナル・エスコートで振出した旅行信用状《トラベラーズ・チェック》の入った札入などは、手もふれたようすがなかった。ただひとつ、王女の写真だけが盗まれている。訝しいというほかなかった。
のしかかるような圧力が、ジリジリ心を圧しつける。こうしている、この瞬間も、何者かの執
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