はならないのですか、ヤロスラフさん」
 ヤロスラフは、依然として曖昧な微笑を浮べたまま、
「お気にさわったら、ごめんなさい。……どうしてもというわけではありません。おっしゃりたくなかったらおっしゃって下さらなくとも結構ですよ。べつに、大したことではないのですから……」
 竜太郎は、返事をしなかった。
 どうしたというのか、ヤロスラフは急に眼覚ましいほど快活な口調になって、
「リストリア語とルウマニア語の比較《コンパレ》をなさるんでしたら、マナイールへおいでになった方が手ッ取り早いようですね。マナイールの国立図書館には、近東語の比較言語学のいい著述がたくさんありますから、巴里などでなさる半分の労力ですむわけです。夜の八時三十五分の「経伊近東特急《サンプロン・オリアン・エクスプレッス》」で巴里をお発ちになると、三日目の夕方にはマナイールに着きますから訳はありません。……それに、いまおいでになると、即位祝賀式をごらんになれるかも知れませんからね」
「即位?……どなたが、即位なさるのです」
「エレアーナ王女殿下」
 思わず乗り出して、
「この写真の、エレアーナ王女殿下が?」
 たしかに、これは
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