、すぐ真にうけて、
「それは、たいへんだ。何か要る本があったら遠慮なく持って行きたまえ。……もし、そういう必要があるなら、ヤロスラフ君を貸してあげてもいいよ」
 竜太郎は、あわてて手を振った。
「いいえ、それほどのことでもないのです。……すこしばかり参考書を貸していただければ……」
 そう言いながら、何気なく先生のとなりへ視線を移すと、瞬きもせずに、竜太郎を瞶めているヤロスラフの眼と出会った。なにか、劇しい敵意を含んだ眼つきだった。
 竜太郎は、自分でも何とも判らぬ不快を感じて、ジッとその眼を見返すと、ヤロスラフは、急に眼を伏せて額際まで真赤になり、「どうも失礼しました。……わたくし、日本の方にお眼にかかるのはこれが初めてなんです……」
 と、いって、近東人種特有の陰険な微笑を浮べた。どうもそのまま信用しにくいようなところがあった。
「それに、もうひとつ。……どうしてその写真があなたのお手に入ったか、さっきからそれを不審にしていたものですから……」
 来るな、と思っていたら、果してそうだった。竜太郎は顔を引き緊めて、
「これは、あるひとから托されたのですが、そのひとの名を申しあげなくて
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