した。
「神の御思召あらば、リストリア王国を統べたもうべき、エレアーナ王女殿下……」
「するとあの方が……」
 竜太郎の眼を見かえすと、ヤロスラフは一種凛然たる音調で、こたえた。
「王女殿下であられます」
 こんどは、はっきりとわかった。

    六

(あの夜の少女が王女《プランセス》)
 身体中の血が、スーッと脚のほうへ下ってゆくのがわかった。生理的な不快に似たものがムカムカ胸元に突っかけ、ひどい船酔でもしたあとのように、頭の奥のほうが、ぼんやりと霞んで来た。
(おれは、ここで卒倒するかも知れないぞ)
 机の端を両手でギュッと掴んで、いっしんに心を鎮めた。
 すこし気持が落ちつくと、最初に鋭く頭に来たのは、これアいけない、という感じだった。
(もう、二度とあの小さな手を執ることは出来ない。声をきくことも抱くことも……)
 この想いが、たったいま、自分をとりとめなくさせたのだった。
 竜太郎は、あの娘に逢ったら、いきなり胸の囲みの中へとりこみ、今迄の、うらみつらみ、うれしさも悲しさも、何もかもいっしょくたに叩きつけ、人形のような、あの脆《もろ》そうなからだを腕の中で押しつぶしてやる
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