つもりだった。
あの嫋やかな手を執り、あの優しい声を聴き、あの夜のようにしっかりと抱き合いながら、その耳へ、
(結婚しようね。死ぬまで、離れなくともすむように)
と、囁やくつもりだった。
ひと言それを言いたいばかり、この長い間、身も痩せるような奔走をつづけて来たのだったが……。しかし……
しかし、もう、諦めなくてはならないのであろう。
※[#始め二重括弧、1−2−54]リストリア王国を統べ給うべき、エレアーナ王女殿下※[#終わり二重括弧、1−2−55]
ところで、こちらは、放蕩と世俗の垢にまみれた、何ひとつ取り得のない一介の国際的ルンペン。愚にもつかぬ厭世家《ペシミスト》。賭博者。
これでは、あまり種属がちがいすぎるようだ。いくらあがいたって、どうにもなるものではない。抱くどころか、傍にだってよれやしない。
とつぜん、思いがけないある思念が電光のように心の隅を掠《かす》めた。
竜太郎は、度を失って、もうすこしで叫び出すところだった。
あの夜、少女がなぜ名を名乗らなかったか、あす自殺するつもりだというと、なぜ、急にあの細い指が絡みついて来たのか、迂濶にも、今になって、竜
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