、折よくダンピエール先生がそこに居た。
 先生は写真を受け取ってその文字を眺めていたが、眼鏡を額のほうへ押しあげながら、竜太郎のほうへふりかえると、
「これは、リストリア語だね。……残念だが、ぼくには読めませんよ。……しかし、大したことはない。リストリアからヤロスラフという若い留学生が一人来ているから、それを呼んで読んで貰おう」
 間もなく扉を開いて、十九歳ばかりの痩せた、敏感そうな少年が入って来た。
 ヤロスラフは写真を受け取ってチラとその主を一瞥すると、たちまち硬直したようになって、やや長い間、眼を伏せて粛然としていたが、やがて、物静かに、口を切った。
「ここには、こんなふうに書いてあります」

[#ここから3字下げ]
神の御思召あらば、
リストリア王国を統べ給うべき
 エレアーナ王女殿下
[#ここで字下げ終わり]

 竜太郎の耳のそばで、何かがえらい音で破裂したような気がした。いま、自分の耳が聴いた言葉が、いったい、どういう意味をなすのか、咄嗟に了解することが出来なかった。
「なんです?……どうか、もう、一度」
 ヤロスラフは、敬虔なようすで眼を閉じると、祷るような口調で繰りかえ
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