や》しくというほどの手つきで、先刻の写真を取り出した。
それは、「あの夜の少女」の写真だった。
どうして竜太郎が、それを見誤るはずがあろう!
この、あえかにも美しい面ざし。すこし悲しげな黒い大きな眼。また、均勢のとれたすんなりとした身体つきにしてからが、まぎれもない、あの夜の娘だった。
たとえようのない深い喜悦の情で顔を輝かせながら、竜太郎は飽かず写真を眺める。これが、現実のこととはどうも思われない。何か夢の中のあわただしい出来事に似ていた。
竜太郎は、そのひとにいうように写真に話しかける。
「ほら、とうとうつかまえたぞ! もう、けっして離さないから。いいかい、もう決して離さない!……それにしても、この巴里で出会うなんて! ほんとうに夢のようだね」
少女は大きな石の階段の第一階に、純白な夏服を着て立っている。その下のほうに重厚な筆蹟で献辞らしいものが二三行ばかり書きつけてあるのだが、竜太郎には一字も読むことが出来ない。どんなことが書いてあるか知りたくなった。
ソルボンヌ大学にダンピエールという東洋語の先生がいる。その先生に読んで貰おうと思いついた。
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