年、『季節《セエゾン》』になりますと、沢山に外套やケープを持たせて、キャンヌやモンテ・カルロへやります。新流行《ア・ラ・モード》の品物を身体につけて遊歩道《プロムナアド》をブラブラ歩くのがエルマンスの仕事なのです」
 竜太郎は、思わず卓の上に乗り出した。
「そのひとは、ブロンドですか」
「さよう。美しいブロンドです」
「美しい娘さんですか」
「私共では、いちばん美しい娘です。年齢は今年二十歳。……まだ独身です。愛人がいるという話もききませんから、どちらかと言えば、気立はいい方なのですが、何しろ、気まぐれで……」
「その娘さんは……」
「昨日、南仏から帰ってまいりました。奥に居りますが、なんなら……」
(あの夜の少女は、気紛れなマネキン!……)
 竜太郎は、激情をおさえるために、眼を閉じた。
(たとえ、なんであろうと!)
 ささやくような声で、いった。
「どうぞ、そのひとを、ここへ」
 クンケルは、電話で何か命じた。……
 間もなく、扉《ドア》を叩く音がする。竜太郎は椅子から飛び上った。
 扉が開いて、軽々とした足音がこちらへ近ずいて来る。竜太郎は、どうしても眼を開けてそちらを見ることが
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