けである。
竜太郎は、その夜、ニースから汽車に乗った。
「グリュナアル」の支配人のクンケルというのは、いかにも独逸人らしい率直簡明な感じのする男で、竜太郎の説明を聞くと、すっかり剃り上げた丸い顱頂を聳やかすようにしながら、
「お引受けしました。やれるだけやって見ましょう。お役に立てば倖いです」
と、いって、すぐ立って行って、原色版の分厚な絵入りのカタログを抱えて来て、
「鼬鼠のケープと申しましても、いろいろな型がございますのですから、あなたがお見覚えのあるのをこの中から選び出していただきます」
探すケープは、すぐ見つかった。
No. 27――と、カタログ番号が打ってあって、その下に、十五万法と定価がついていた。
「これです」
クンケルは、うなずいて、二十七番の名簿箱《ケース》を持って来てテキパキと売出簿と照校しながら、
「発音は?」
「正確でした」
「よろしい。では。では、始めます」
竜太郎の心臓は、はげしく動悸を打ちはじめた。
「どうぞ」
「巴里市内、七〇。地方、十。外国、三十二。……巴里市内の内訳は、上流、四。――職業《クウルチザンヌ》、一。――俳優、二――。以上の内、
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