低く垂れさがった灰色の空から、絶え間なく霧のような氷雨が落ち、丸石の舗石をしっとりと濡らしていた。
 竜太郎の熱意にかかわらず、「銀の喇叭《トロンペット》が三つついた自動車」の捜索は、全く失敗に終ってしまった。
 キャンヌ――ジャン・レ・パン――アンチーブ、とその辺まではどうやら追蹤することが出来たが、その先は皆目手がかりがなかった。一分間に二百台は自動車が通るという、この幹線国道では、「喇叭が三つついた、濃青か黒の自動車」だけでは、どうにもなるものではなかった。アンチーブまで蹤けたと思っているそれさえほんとうに、少女が乗っていた自動車なのかどうか、甚だ不確かな話だった。
 それでも、竜太郎は希望を捨てなかった。
「|夕刊ニース《ル・ニソア》」と「馬耳塞朝刊《マルセイユ》」に大きな新聞広告を出して、三日の間待っていたが、ただの一人も、それを見たと申出るものがなかった。
 自動車のほうは、どう考えても、もう、これ以上、手のつくしようがなかった。最後の希望は「グリュナアル」の「顧客名簿《フイシエ・クリアンテール》」の中から、鼬鼠のケープを買った、ブロンドの若い娘の住所を調べ出すことだ
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