ァ、いきなり、車からはね降りて、こうやって、おッ立って敬礼をしました」
「それから?」
「それから、運転手が車に乗って、行ってしまいました」
「どっちの方角へ行った」
「サン・ラファエルの方でさァ」
「車の番号は?」
「見ませんでした」
「車の色?」
「黒だったか、それとも、濃い青だったか」
「それで、もう話してくれることはないか」
「へえ、これですっかりです」
 竜太郎は車庫《ギャラアジュ》へ電話をかけて自分の自動車を出させると、それに飛び乗って、まっしぐらに、国道百二十号へ走り出した。
 サン・ラファエルまで、道々|哨所《ポスト》でたずねて、それで、もし、わからなければ、ローヌ川の谷間まで入って行くつもりだった。
(どんなことがあっても、探しあてて見せる! どうか、もう一度だけ。……せめて、もう一度だけ!)
 駛走《しそう》する自動車の中で、竜太郎はいっしんに叫びつづけていた。

    四

 巴里には、冷たい雨が降っていた。
 南仏《ミディ》では、もうミモザの花が散り、モンテ・カルロの夾竹桃《ロリーエ・ローズ》の街路樹が真赤な花をつけているというのに、ここはまだ冬のすがただった
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