ずと近づいて来た。
「旦那、あなたは鼬鼠のケープを着た娘さんのことをお尋ねになっているッて夜番が言いましたが……」
「そうだ」
「あッし、知ってるんです」
 竜太郎は呻き声をあげた。
「早く言え! 金は、やる」
 衣嚢《ポケット》にあるのをでたらめに掴み出して、使小僧の鼻の先に突き出した。手に何を掴んだのかまるで覚えがなかった。見ると、千|法《フラン》の紙幣だった。
「これをやるから、早く言え」
 使小僧は顫え上った。
「昨夜、一時ごろ、あッしが扉番をして居りますと、大きなね……それは、大きな自動車がめえりましたんです。頭灯《ファール》なんざ、こんなにでッかくて、喇叭がね、それも銀の喇叭が三つもついてるんでさァ。運転手が二人乗っていて、それがはァ棒でも嚥んだように鯱《しゃ》ッちょこばッてるんです。車の中には六十ばかりの老婦人が乗っているンだが降りもしねえ。なんだと思って見ていると、運転手が喇叭を、ブゥッ、ブゥッ、と二度ずつ三度つづけて鳴らしました。……それがきっと合図だッたんでさァ、鼬鼠のケープを着たお嬢さんがホテルから出て来て、スタスタと自動車のほうへ行きます。するとね、運転手のやつ
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