最初、角のある石のようなもので撃ったが、目的を達することが出来なかったので、今度は細身の刀ででも斬りつけたのにちがいない。撃った創と斬った創が、同じ場所で重り合うようなことは、あまり例のないことであろうが、百に一つぐらいのうち、こんな偶然は考えられぬこともないわけ。
 これが、検死の御用医の意見。
 まあまあ、一応の筋は通っている。ところで、その下手人は、いったいどこから来た。
 雪の上には、殺された娘の差下駄《さしげた》の跡しかない。
 沼の縁《ふち》はもとより、一帯の湿地で、かなり天気の続いた後でも、下駄の歯をめり込ますこの太田の原。その上に、ふんわり積んだ春の雪。
 三町四方もあるだだっ広い雪の原のうえに、藪下の方から真直に続いている殺された娘の二の字の下駄の跡だけ。その他《ほか》には馬の草鞋《わらんじ》はおろか、犬の足跡さえない。すがれた葭《よし》と真菰の池の岸まで美しいほどの白一色。
 ちょうど、雪が降り止んだ頃にこの原へ差しかかったことは、娘の身体に雪が降り積んでいないことによってはっきりとわかる。
 すると、下手人は、どこから来て、どんな方法でこの娘を殺したのかということ
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