むきも少くなかった。
雪の遅い年で、正月三日の午すぎ初雪が降り、二寸ほど積って止んだ。
根津の太田の原に、不思議な人殺しがあった。
藪下《やぶした》から根津神社へ抜ける広い原に、夏期《なつば》は真菰《まこも》の生いしげる小さな沼がある。
その沼の畔《ほとり》から小半町《こはんちょう》ほど離れた原の真中に、十七八の美しい娘が頭の天辺から割りつけられ、血に染まって俯伏せに倒れていた。
何か鋭利な刃物で一挙に斬りつけたものらしく、創口《きずぐち》は脳天から始まって、斜後《ななめうしろ》に後頭部の辺まで及んでいる。
細身の刀か、それに類似した薄刃の軽い刃物で斬りつけたものと思われるが、歩いているところを、後からだしぬけに斬りつけたのだとすると、創口の工合から見て、当然、相当長身の者の仕業だと察しられ、長さの割合に創口が深くないのは、あまり臂力《びりょく》すぐれぬ者がやった証拠である。
ただ、創口の一個所に鈍器で撃ったような抉《えぐ》れがある。こんなところを見《み》ると、刃物でやったとばかし思えぬような節もある。しかし、それも、二《ふた》つにわけて考えれば、たやすく解決される。
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