あったんです」
「またあったというと、……例の口か」
「ええ、そうなんです」
「すると、これで三人目か。チト油断のならぬことになって来たな」
「他人《ひと》のことみたいに言っちゃいけません。あなただって関係《かかりあ》いのあることなんです。ともかく、降りて来てください」
「なんだか知らないが、そういうわけならば、今そこへ行く」
 飄逸洒脱《ひょういつしゃだつ》の鳩渓先生、抜け上った額に春の陽を受けながら、相輪に結びつけたかかり綱伝い、後退《うしろさが》りにそろそろと降りて来られる。


          また一人の娘が

 暮から元日にかけて、しきりに流星があった。
 元日が最もはげしく、暮れたばかりの夜空に、さながら幾千百の銀蛇《ぎんだ》が尾をひくように絢爛と流星《りゅうせい》が乱れ散り、約四|半時《はんどき》の間、光芒《こうぼう》相《あい》映《えい》じてすさまじいほどの光景だった。
 また、前の年の秋頃から、時々、浅間山が噴火し、江戸の市中に薄《うっ》すらと灰を降らせるようなこともあったので、旁々《かたがた》、何か天変の起る前兆《まえぶれ》でもあろうかと、恟々《きょうきょう》たる
前へ 次へ
全45ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング