」
「港に沢山《たくさん》船がもやっているところを見ると、どうやらへーぐ[#「へーぐ」に傍点]というところらしいな」
「こいつア驚いた。……するてえと、なんですか、向うもやっぱし正月なんで」
「日柄には変りない。ただし、向うはいま日の暮れ方だ」
「おやおや、妙だねえ。どんなお天気工合です」
「大分《ヒール》に雪《スネエウ》が降っているな」
「蒸籠《せいろ》に脛《すね》が出たたア、何のことですか」
「いや、たんと雪が降っておるというのだ。……おお、美人が一人浜を歩いている」
「えッ、美人が出て来ましたか。いったい、どんなようすをしています」
「高髷《たかまげ》を結《ゆ》って、岡持《おかもち》を下げている」
「和蘭陀にも岡持なんかあるんですか」
「それもそうだな。……これは、チト怪しくなって来た。おやおや、高下駄を穿《は》いて駈け出して行く。おい、伝兵衛、和蘭陀だと思ったら、どうやら、これは洲崎《すさき》あたりの景色らしいな」
「じょ、じょ、冗談じゃない、ひとが真面目になって聞いているのに。……そんな悠長な話をしている場合じゃないんです。……大きな声では言えませんが、実は、今日の朝方、また
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