うな男だが、芯は、極《ご》く人《ひと》がよく、何でもかんでも引受けては、年中難儀ばかりしている。
寝惚《ねぼけ》先生こと、太田蜀山人《おおたしょくさんじん》のところへ出入して、下手な狂句なども作る。恍けたところがあって、多少の可愛気はある男。
伝兵衛が背伸びをしながら、金唐声《きんからごえ》でそう叫び掛けたが、先生は遠眼鏡の筒先を廻しながら、閑々《かん/\》と右眄左顧《うべんさこ》していられる。
伝兵衛は、業《ごう》を煮やして、
「実際、あなたの暢気《のんき》にも呆れてしまう。いくらなんだって、正月の十六日に五重塔のてっぺんで、アッケラカンと筒眼鏡などを使っているひとがありますか。そんなところでいつ迄もマゴマゴしていると、鳶《とんび》に眼のくり玉を突ッつかれますぜ。……ねえ、先生、いったい何を見物しているんですってば。……じれってえな、返事ぐらいしてくれたっていいじゃありませんか」
のんびりした声が、虚空から響いて来る。
「わしはいま和蘭陀《オランダ》の方を眺めておるのだて」
「うへえ、そこへ上ると和蘭陀が見えますか」
「ああ、よく見えるな」
「和蘭陀のどういうところが見えます
前へ
次へ
全45ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング