か。こりゃ歩いてたんじゃ間に合わない。駕籠《かご》だ、駕籠だ」
 多町《たちょう》の辻から駕籠に乗り、六阿弥陀《ろくあみだ》の通りを北へ一町、杉の生垣を廻した萩寺の前へ出た。
 地境《じざかい》の端から草地になり、その向うに、おどろおどろしいばかりに壊《つい》え崩れた土塀を廻した古屋敷。
 塀の中から立ち上った大きな欅の樹に、二つ三つ赤い実をつけた烏瓜《からすうり》が繞《から》み上って、風に吹かれて揺れている。
 駕籠は萩寺の前で返し、草地を歩いて門の前。
 門というのは形ばかり。土壊《つちくい》で土地が沈み、太い門柱が門扉《とびら》をつけたままごろんと寝転《ねころが》っている。小瓦の上には、苔《こけ》が蒼々《あおあお》。夏は飛蝗《ばった》や蜻蛉《とんぼ》の棲家《すみか》になろう、その苔の上に落葉が落ち積んで、どす黒く腐っている。
 さて、門の前まで来は来たものの、あまり凄じいようすで、門扉《とびら》を押す気さえしない。
 源内先生も、すこしゾクッとした顔で、恐るおそる喰い合せの悪い門扉の隙間から、内部《なか》を覗いていたが、とつぜん、
「おッ!」
 と、つン抜けるような叫びを上げた。
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