「伝兵衛、あれを見ろ」
 伝兵衛が覗いてみると、葎《むぐら》や真菰《まこも》などが、わらわらに枯れ残った、荒れはてた広い庭の真中に、路考髷を結い、路考茶の着物に路考結び。前髪に源内櫛を挿した等身大の案山子《かかし》が、生きた人間のようにすんなりと立っている。
 庭の奥に、社殿造の、閉め込んだ構えの朽ち腐れた建物がある。屋根の棟に堅魚木《かつおぎ》などのせた、屋敷とも社《やしろ》ともつかぬ家の奥から、銀の鈴でも振るような微妙な音がしたかと思うと、櫺子《れんじ》を押上げて現れて来た、年のころ四十ばかりの病み窶《やつ》れた女。
 どこもここも削ぎ取ったようになって、この身体に血が通《かよ》っているのか、蝋石色《ろうせきいろ》に冴《さ》え返り、手足は糸のように痩せているのに、眼ばかりは火がついたように逞ましく光っている。引き結んだ唇は朱の刺青をしたかと思われるほど赤く生々しい。これはもう人間の面相ではない、鬼界《きかい》から覗き出している畜類の顔。
 ゾッとするような嫌味な青竹色の着物の袖を胸の前で引き合せ、宙乗りするような異様な足どりで廻廊の欄干のところまで出て来て、欅の梢を見上げながら、
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