る。その辺の消息は、一瓢《いっぴょう》がうすうす知っていて、帰りがけにわしにそんな風なことを囁いた。……つまり、この辺が落《おち》なのさ。年に一度の便りに深い思いを晴らしておるのに、それだけのことにまですげないことを言われたとなると、どっちみちおさまりかねる気持になる。いわんや、あのような濃情無比なお姫さまだからただではすまさない。路考が十年前に逢った時、二十八、九といえば、今はもう四十がらみ。自分の頽勢《たいせい》にひきかえて路考の方はいまだに万年若衆。江戸中の女子供の憧憬《あこがれ》を一身にあつめているというのだからいかにも口惜《くや》しい。路考を贔屓にする若い女はみな自分の仇だというような気になって理窟に合わぬ妬心《ねたみごころ》から、こんなことを始めたものと思われる。……それにしても、古い路考の色文を、うまい工合に使い廻して有頂天にさせて戸外《そと》へ引出し、鷲を使って殺《いた》めつけようなんてのは、あまりといえば凄い思いつき。名前の殺手姫というのはいかにも心柄に相応《ふさわ》しい。……今度ばかりは、わしも少々|辟易《へきえき》した」
 といって、日差を眺め、
「おお、もう四ツ
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