と、五日七日と餌を喰わさずにおいて放すのだから、敵勢の兜や鎧を見ると、勢い猛《もう》に襲いかかって行く。つまり、それと同じ方法で馴らしたものに相違ない」
「でも、あの薄刃《うすば》で斬ったような創《きず》はどうしたもんでしょう。鷲や鷹ならば、爪でグサリと掴みかかるにちがいないから、一つや二つの爪傷ではすみますまい」
「無学な徒と応対していると世話がやけてやり切れない。それくらいのことがわからんでよく御用聞が勤まるな。……言うまでもない、それは、趾《ゆび》をみな縛りつけ、その先に剃刀の刃でも結いつけてあるのさ。趾を縛っておけば、途中で棲《とま》れないから、襲撃をすませると真直に自分の家まで帰ってくるほかはない。つまり、一挙両得というわけだ」
「すると、あの抉《えぐ》れたような痕《あと》は」
「それは、短い外趾《そとゆび》の端が触れた痕だ」
「何のためにそんな手の込んだことを」
 源内先生、閉口して、
「いや、諄《くど》い男だ。……こないだ路考が言葉尻を濁したが、わしの察するところでは、年に一度、十年がけの手紙というのを欝陶《うっとう》しがって、無情《すげ》ないことを言ってやったものと見え
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