「白状も糞もあるもんですか、いきなり取っ捕まえて否応《いやおう》なし」
「それは、近来にない出来だった」
「止しましょう。先生に褒められると、後がわりい」
「まあ、そう怯えるな。わしだって、たまには褒めることがある。方角はどっちだ」
「田端村《たばたむら》の萩寺《はぎでら》の近く。大きな欅《けやき》の樹のある、小瓦塀《こがわらべい》を廻した家で、行けばすぐわかるんだそうです」
「名前は知れなかったか」
「ご冗談。犬猫の皮を剥いで暮している浅草田圃《あさくさたんぼ》の皮剥餌取に、文字のあるやつなんぞいるものですか」
「それもそうだ。では、早速出かけようか」
「出かけるって、いったい、どこへ」
「わかっているじゃないか、その小瓦塀の家へ行く」
「あっしも、お供するんで」
先生は、例の通り、梅鉢《うめばち》の茶の三つ紋の羽織をせっかちに羽織りながら、
「当り前のことを言うな、お前が行かないでどうする」
「どうも、藪から棒で、あっしには何のことやら……」
「話は途々《みちみち》してやる。……今日は雪晴れのいい天気。まごまごしていると、また一人娘が死ぬかも知れん」
「えツ[#「えツ」はママ]、
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