に火浣布《かかんぷ》の製造、と寸暇もない。
秩父《ちちぶ》の御囲《おかこ》い鉱山《やま》から掘り出した炉甘石《ろかんせき》という亜鉛の鉱石、これが荒川の便船で間もなく江戸へ着く。また長崎から取り寄せた伽羅《きゃら》で櫛を梳《す》かせ、その梁《みね》に銀の覆輪《ふくりん》をかけて「源内櫛《げんないぐし》」という名で売出したのが大当りに当って、上《かみ》は田沼様の奥向《おくむき》から下《しも》は水茶屋の女にいたるまで、これでなければ櫛でないというべら棒な流行《はや》りかた。
物産学の泰斗《たいと》で和蘭陀《オランダ》語はぺらぺら。日本で最初の電気機械、「発電箱《エレキテル・セレステ》」を模作するかと思うと、廻転蚊取器《マワストカートル》なんていう恍《とぼ》けたものも発明する。
「物類品隲《ぶつるいひんしつ》」というむずかしい博物の本を著わす一方、「放屁論《ほうひろん》」などという飛んでもない戯文《げぶん》も書く。洒落本やら草紙やら、それでも足りずに浄瑠璃本まで手をつける。
例の頓兵衛が出て来る「神霊矢口渡《しんれいやぐちのわたし》」は、豊竹新太夫座元で堺町の外記座《げきざ》にかかり、
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