を挿した娘に限って殺されるなんてえことになったら、わざわざ長崎から伽羅を引き、二階の座敷を木屑だらけにして櫛を梳かせ、何とかこいつを流行らせようというので、一瓢《いっぴょう》を橋|渡《わたし》にして、吉原丁字屋《よしわらちょうじや》の雛鶴太夫《ひなづるたゆう》に挿させたまでの苦心の段が水の泡。それやこれやで、ぱったり売れなくなり、千二千と作った櫛がまるっきりフイになる。……そんなことになったら、あなただってお困りでしょう」
「そりゃ困る。そもそも、物産や究理の学問は、儒書をひねくるのとちがって、模型を作ったり、究理実験をしたり、薬品の料《しろ》だけでも並々ならぬ金がいる。そういう費用を捻出しようと思って、あんなものを売出したのだから、その方がばったりいけなくなると、従って、究理実験の途も止まるわけで、わしとしても甚だ迷惑する」
「ですから、他人《ひと》ごとみたいに言ってないで、先生も、いちばん、身をお入れにならないじゃならねえ場合だと思うんです」
源内先生は、あまり機嫌のよくない顔で、空の一方を睨んで突っ立っていられたが、だしぬけに、ひどく急《せ》き込んだ調子で、
「よし、わしも覚悟
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